名古屋高等裁判所 昭和32年(ネ)341号 判決 1959年4月22日
名古屋市中区南外堀町六丁目一番地
控訴人
名古屋国税局長
白石正雄
右指定代理人
林倫正
溝口一夫
加藤利一
名古屋市西区枇杷島通三丁目四一番地
被控訴人
近藤政次
右訴訟代理人弁護士
加藤謹治
近藤亮太
寺尾元実
右当事者間の昭和三二年(ネ)第三四一号贈与税審査請求却下決定取消請求控訴事件につき、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、提出援用の証拠、書証の認否は、被控訴代理人において、甲第一二号ないし第一七号証を提出し、当審における証人近藤利治、近藤茂の証言被控訴本人尋問の結果を援用し、乙第一六号第一七号第一九号証は公文書であることを認めるが内容を否認する、第一八号証は否認第二〇号証は成立を認めると述べ、控訴代理人において、乙第一六号ないし第二〇号証を提出し、当審証人加藤利一の証言を援用し、甲第一二号ないし第一四号証の成立を認め、第一五号ないし第一七号証は不知と述べた外は、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
理由
当裁判所の判断は、原判決理由欄の始めから原判決書八枚目裏九行目までについては、これと同一であるから、これをここに引用する(但し右八枚目裏六行目の乙等五号証の一とあるのを甲第五号証の一と訂正する)。
被控訴人は本件贈与税は贈与の事実がないのに課税したもので、その原因を欠くから違法であると主張し、控訴人はこれを争うから控訴人の贈与事実の認定に違法があるか否かについて考える。
訴外近藤しづが昭和二三年及び二四年に別紙第二、第三目録記載のとおり株式に投資したこと、被控訴人が別紙第一目録記載の不動産を売却したことは当事者間に争のないところである。控訴人は、右のしづの投資資金は、被控訴人の右不動産売得金から贈与されたものであると推定して、前記課税をしたというのである。
そこで、右推定の根拠として控訴人の主張する事由を検討してみると、
(一) 被控訴人が昭和二五年の土地譲渡所得申告の際、しづを扶養親族として申告したことは争のないところであり、また成立に争のない乙第一五号証によれば、しづが所轄税務署に所得の申告をしていないことも認められるが、右事実をもつてしづに収入がなかつたものと断定することはできない。
(二) 被控訴人名義の富士紡績株式会社の株式二〇〇株をしづ名義に書替えたことは争がないが、成立に争のない甲第四号証の一、二によると、右株式は被控訴人名義で昭和二四年五月二〇日取得したものを、同年七月八日しづ名義に書替えたもので、これが贈与に基くものであると断定することができない。
(三) 被控訴人がしづに名古屋市西区枇杷島通三丁目四一番地の田三畝五歩を贈与していることは、成立に争のない乙第一三号証で認められるが、右は昭和二七年六月二〇日のことであつて、本件贈与推定の根拠とはならない。
(四) 被控訴人の家庭が複雑で、しづが後妻であることは、成立に争のない乙第五号証、当審証人近藤茂の証言によつても明らかなことであるが、それだからといつて、控訴人主張のように、紛争の防止と生活保障等のため本件の贈与をしたと推定するのは軽卒に過ぎ妥当でないと考えられる。
(五) 被控訴人がその所有にかかる別紙第一目録記載の不動産を売却したことによつて得たものが、昭和二四年までに現金約一〇万円純毛服地一〇着分(一〇万円相当)であることは、当審における被控訴本人の供述により認められるが、右の売得金がしづに贈与されて株式投資資金となつたとの推定は困難である。
以上のごとく、右(一)ないし(五)の各事実は、いずれもそれのみでは、本件贈与推定の格拠となしえないが、さらにこれを総合して考えても、右贈与事実を推定することができない。
まして、真正に成立したと認められる甲第三、第一一号証及び原審証人近藤しづの証言、当審の被控訴本人の供述によれば、被控訴人が別紙第一目録記載の不動産を売却して得た金はそのうち七万八千円を訴外鍋野毛織合資会社に出資し(この分は現金では受け取らずに)、その余は名古屋鉄道株式会社の株式一七〇〇株を購入する資金に充てたことが認められ、また一方、原審証人近藤しづの証言により成立を認め得る甲第一号証の一、二、同第二号証、同第一〇号証成立に争のない甲第九号証及び原審証人高村新十郎、同早瀬安五郎、同近藤しづ(一部)の各証言、当審における被控訴本人尋問の結果を総合すると、しづは、終戦前から相当の資産もあり、昭和二一年頃から、被控訴人と協力して、釘、屑糸、服生地等の闇取引をなすかたわら、株式の売買、株券担保の金融等によつて、相当の収益をあげたことが認められるから、しづが闇取引を自分一人でやつていたとか、しづ一人で近藤家の経済を切りもりしていたというようなことはなかつたにしても、右認定からすれば、しづは、右各収益のうち相当の分け前を得て、これを資金として、別紙第二、第三目録記載の株式を取得したものであると推認するのが相当である。この点について当審証人近藤茂、同近藤利治らは、しづが自分で稼ぐ力のない者のように述べているが、右茂は終戦後間もなく被控訴人夫婦と別居していて同人らに対して反感を持つている点もあり、右利治は昭和六年生れであるから、昭和二三、四年頃の被控訴人やしづの経済生活につき正確な知識があるとはいえないので、これらの証言はにわかに措信することはできないし、これに加えて、原審証人近藤しづ、当審の被控訴本人の供述によると、しづは、被控訴人と昭和一二年結婚する以前に、琴の師匠や呉服商をしていたこともあつて、家事にのみ没頭するしか能のない婦人ではないことが認められるのみならず、昭和二三、四年当時は年令四十数才を数え、ようやく見栄外聞を構わずに金儲一途に走り得る年輩であつたことを考え合すと、前記近藤茂、同利治らの証言はなおさら措信することができない。
してみると、控訴人は、贈与を確認するに足りる証拠もないのにかかわらず、本件贈与税の審査請求を棄却したものというべく、その判断を誤つたものというの外はないから、右棄却決定は取消さるべきかしのあるものといわざるを得ない。
よつて、本件審査請求棄却決定の取消を求める被控訴人の請求を認容した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却すべく、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 滝川重郎 判事 渡辺間偉男 判事 谷口正孝)
第一目録
<省略>
第二目録(近藤しづ株式取得一覧表―昭和二十三年分)
<省略>
第三目録(近藤しづの株式取得一覧表―昭和二十四年分)
<省略>
(◎印のものは取得後売払つた株式である)